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▼電磁界問題あれこれ

◆第1回連載

 近年、個人あるいは事業目的による電磁界(電磁波)発生源の増加やその形態の多様性には眼を見張るものがあります。例として電力をはじめ、ラジオ、テレビ、携帯電話やその基地局、電子レンジ、電子タグ、盗難防止装置、IH調理器、レーダー、医療機器、産業機器などなど、これらの技術は我々の生活をより便利に、より快適にしています。現代社会はこれらの技術なしでは考えられません。
 一方、これら電気機器の使用による健康不安を懸念している人もいます。電磁波の健康影響の可能性(健康リスク)があると一部の科学者が指摘していますが、本当のところは不明です。その為にWHOをはじめ、様々な国際機関や国公立の機関や大学で、電磁界の健康リスク評価を行うために研究者が日々努力しています。WHOは、2006年には静電磁界、2007年には商用周波電磁界への健康リスク評価を終えました。今後電波領域の高周波電磁界への健康リスク評価を行う予定です。これから「電磁波問題あれこれ」と題してシリーズで、電磁波の健康問題を解説していきますが、その前に電磁波の物理的特徴についてお話したいと思います。
 電磁波はその周波数とエネルギーによって電離放射線と非電離放射線に分けられます。電離放射線は、エックス線やガンマ線などの極めて高い周波数の電磁波で、細胞を構成する分子の原子結合を破壊することによって電離作用(プラスやマイナスに荷電された原子や分子を生成すること)を起こさせる非常に強い光子エネルギーを持っています。非電離放射線は、光子エネルギーが原子結合を破壊するには至らない程の電磁波と一般的に表現できます。したがって、どんなに強い非電離放射線でも生体系で電離作用は起こしません。しかし、非電離放射線は昇温させたり、細胞内化学反応を変化させたり、体内に電流を誘導するといった生物学的影響をもっています。この中には、一部の紫外線、可視光線、赤外線、ラジオ波やマイクロ波などの電波、商用周波電磁界そして静的電磁界が含まれます。
 電磁波は、時には健康への悪影響に結びつくような、生物学的影響をもつこともあります。生物学的影響とは、電磁波ばく露によって感知できる程の生理学的変化を生体で生じさせることを指します。健康への悪影響(健康影響)は、その生物学的影響が身体の正常な調節能力を越える場合であり、結果として健康が損なわれた状態に陥ることを指します。例えば、多少強い日差しに対して皮膚の血液循環が増加するような、ある種の生物学的影響は無害といえます。肌寒い日に直射日光を暖かく感じたり、太陽によるビタミンD生成といった生物学的影響は有益です。しかし、過度の日焼けや皮膚がんなどある種の生物学的影響は健康への悪影響をもたらします。

◆第2回連載

 非電離放射線の生物学的影響は、時には健康への悪影響(健康影響)をもたらすこともあります。生物学的影響とは、電磁波ばく露によって何らかの感知される生理学的変化が体内で起こることを指します。健康影響は、その生物学的変化が人体の正常な調節能力を越える場合であり、結果として健康が損なわれることを指します。冬の肌寒い日に日光を暖かく感じたり、日光によるビタミンD生成といった生物学的影響は無害であり、有益です。しかし、夏場の日焼けや紫外線がもたらす皮膚がんなどの生物学的影響は健康影響と言えます。
 非電離放射線には紫外線、可視光線、赤外線も含まれていますが、ここでは、周波数が300ギガヘルツ以下の非電離放射線について説明します。この周波数の電磁波には、ラジオ波やマイクロ波などの電波とよばれる高周波(10メガヘルツから300ギガヘルツ)、中間周波(300ヘルツから10メガヘルツ)、商用周波を含む超低周波(0ヘルツから300ヘルツ)、そして時間的に変動しない静的な電磁界に分けられます。次には人体が電磁波にばく露された時に起こる作用について説明しましょう。
 人体が電磁波にばく露されると、体内に誘導電流と熱作用を引き起こすことが知られています。100キロヘルツ以上の中間周波電磁界や高周波電磁界は、主として水の分子やイオンを振動させることで熱を発生させます。たとえ非常に低いレベルの高周波電磁界ばく露でもそれに見合った微量の熱を発生します。しかし、人体の生理的な温度調節によって気づかないうちに消去されてしまいます。100キロヘルツ以下の中間周波電磁界や超低周波電磁界は、主として神経や筋を刺激する電流や電荷を誘導します。もともと人体には生理的な電流があるので、もし電磁界にばく露されて、生理的に流れている電流のレベルを超える程の電流が誘導されれば、閃光を感じると言った神経反応を引き起こす可能性があります。
 超低周波電界は、電流が流れているかどうかにかかわらず、電荷(電圧)があればいつでもそこに存在します。超低周波電界の強さは電圧に依存します。人体内部に電界が貫通することはほとんどありません。非常に強力な電界があれば、皮膚の体毛が振動することでその存在を感知できます。
 超低周波磁界は、電流が流れなければ存在しません。超低周波磁界の強さは電流量に依存します。超低周波磁界は、ほとんど減衰することなく人体を貫通します。
 静的電磁界は、電流や電荷を誘導することにあります。
 静的電界(静電気)は、人体内部に電界が貫通することはありませんが、皮膚の体毛の動きでその存在を感知できます。非常に強力な静的電界による放電を除いて、冬場乾燥した時に衣服に貯まった静電気による不愉快な放電ショックは誰でも経験しますが、問題となる健康影響はないと考えられます。静的磁界は、人体の内外でその強さを変えません。非常に強い静的磁界は血流または正常な神経刺激に変化を与えます。しかし、医療機関で受診する機会以外には、この様な強い静的磁界に日常生活では遭遇することはありません。

◆第3回連載:「超低周波電磁界」について

 電磁波は光速で一緒に伝わる電界と磁界によって組み合わされていますが、その周波数と波長によって特徴があります。周波数は単位時間当たりの振動数で、ヘルツ(Hz,1Hz=毎秒1サイクル)という単位で表され、波長は電磁波が1回振動(1サイクル)するときの移動する距離を指し、電界も磁界も次々と波のように遠くに伝わっていきます。この波のことを電磁波といい、波の伝わっている空間(場所)を電磁界といいます。この空間(場所)を英語ではfieldsといいますが、fieldsを「界」と訳すと「電磁界」、「場」と訳すと「電磁場」。一般に電気工学では「電磁界」、物理学では「電磁場」を使っています。
 超低周波電磁界とは、50や60ヘルツの商用周波を含む300ヘルツ以下の時間で変動する電磁界を指しています。「超低」はextremely low、「周波」は frequency、「電磁界」はelectromagnetic fields: EMFと英訳されるので、超低周波電磁界はそれらの頭文字を取って、ELF-EMFとか、ELF電磁界と書きます。電磁界は光速の秒速30万kmで移動していますが、周波数が低い場合、その波長は非常に長くなります(50Hzでは6000km、60Hzでは5000km)ので、現実には電界と磁界とはお互いに独立して作用し、別々に取り扱われています。
 電界(電場)は電気のある空間(場所)を指し、電気を帯びた微粒子(電荷)によって発生します。その強さは電圧に依存し、単位メートル当たりのボルト(V/m)で表されます。ある物体に電荷が蓄積するとき、電荷は同じ電荷によって反発し、反対の電荷によって引き付けられる性質があります。コンセントとつながっている電気製品であれば、スイッチが切られていても、電源の電圧に比例した電界を発生しています。電界は機器に近ければ近いほど強く、そこから離れると急に弱くなり、木材や金属などの日常品で電界を遮蔽することができます。
 磁界(磁場)は、磁気の力が及ぶ場所で、電荷が動くこと、つまり電流が生じることで発生します。その強さは電流に依存し、単位メートル当たりのアンペア(A/m)という単位で表されます。通常は、これに比例する磁束密度であるテスラ(T)やガウス(G)という単位を使っています。正式にはテスラですが、日本でガウスの方がなじみ深いかもしれません。1テスラが1万ガウスに相当します。1テスラの1000分の1が1ミリテスラ(1mT)、100万分の1が1マイクロテスラ(1μT)です。コンセントにつながっている電気製品は、電界と違って、機器のスイッチが入らなければ磁界は発生しません。スイッチを入れ電流が流れると、その電流に見合った磁界が発生します。磁界も機器に近ければ近いほど強く、そこから離れると急に弱くなりますが、電界と違って、磁界はほとんどの日常品では遮蔽されず、これを容易に透過します。
 発生源
 自然発生する50/60ヘルツの電界および磁界のレベルは、それぞれ0.0001V/mおよび0.00001マイクロテスラ程度の極めて弱いものです。人工的なELF電磁界は、主として発電、送電、電気製品の使用に関連して生じます。電気の使用は我々の現代的な生活様式の必要不可欠な一部であるため、商用周波を含むELF電磁界は我々の環境中のどこにでも存在しています。地域社会、家庭におけるELF電磁界の発生源やそのばく露レベルについては、電磁界情報センターでもその実態についての文献調査をしています。

◆第4回連載:「中間周波電磁界」と「高周波電磁界」

 我が国の電波法によれば「電波とは、300万MHz以下の周波数の電磁波をいう。」と規定しています。300万MHz(3000ギガヘルツ)以下の電磁波ですのでそういう意味では「超低周波(300ヘルツ以下)」、「中間周波(300ヘルツ~10メガヘルツ)」も「電波」に含まれますが、「電波防護指針」では、周波数割当ての現状、電波利用技術の動向等を考慮し、10キロヘルツから300ギガヘルツまでの周波数を管理対象としています。
 中間周波電磁界や高周波電磁界の発生源には、テレビやパソコンなどのビデオモニター(3~30キロヘルツ)、IH調理器(20~60キロヘルツ)、AMラジオ(30キロヘルツ~3メガヘルツ)、工業用誘導加熱装置(0.3~3メガヘルツ)、高周波熱溶接装置、医用ディアテルミー(3~30メガヘルツ)、FMラジオ(30~300メガヘルツ)、携帯電話、テレビ放送、電子レンジ、ワイヤレスLAN (0.3~3ギガヘルツ)、レーダー、衛生放送、マイクロ波通信(3~30ギガヘルツ)、太陽(3~300ギガヘルツ)などがあります。
 電磁波とヒトとの相互作用は、「電磁波問題あれこれ ~第2回連載~」で説明しましたが、電磁波によって、体内に誘導電流と熱作用を引き起こすことが知られています。そして100キロヘルツ以下の中間周波電磁界や超低周波電磁界は主として誘導電流による刺激作用を、100キロヘルツ以上の中間周波電磁界や高周波電磁界は主として熱作用をもたらします。
 誘導電流は、1平方メートル当たりのアンペア数(A/㎡)の電流密度で表せます。ヒトで生理的に発生する電流密度は約10mA/㎡ですが、100mA/㎡以上の誘導電流密度は、中枢神経を刺激したり、受動的な筋肉の硬直を引き起こします。
 メガヘルツから10ギガヘルツまでの中間周波や高周波の電磁波は、ばく露された組織を通過し、組織でのエネルギー吸収にともなって熱を発生させます。電磁波の組織へ浸透する深さは、その周波数に依存し、周波数が低ければ低いほど深くなります。組織内での電磁波によるエネルギー吸収は、単位組織量のエネルギー吸収率(比吸収率、SAR)として計算され、キログラム当たりのワット数(W/kg)で表しますが、これが基本的なばく露測定量となります。4W/kgのSAR以上のばく露により体温が1℃以上上昇し健康障害を引き起こすと考えられますが、そのようなエネルギー環境は、人が立ち入ることのできない、例えば東京タワーのような高い電波塔の頂上にある強力なFMアンテナから数十メートルの範囲のみと言えます。過度な誘導加熱は、男性の生殖機能にも影響を与えるし、白内障を誘発します。
 10ギガヘルツ以上の高周波電磁界のほとんどは皮膚表面で吸収され、ごく一部だけが皮下組織へ透過していきます。そのばく露指標は電力密度、1平方メートル当たりのワット数(W/㎡)で表せます。白内障や熱傷は、周波数が10ギガヘルツ以上の高周波電磁界に、電力密度が1000W/㎡以上でばく露される必要があり、そのような環境は強力なレーダーの至近距離でのみ存在していますが、電波法により立ち入りは制限されています。

◆第5回連載:「生活環境中の電磁波と規制値(ガイドライン)」

 電気の使用を伴う生活様式の定着や電波などの通信技術の進化による通信環境の変化により、現代の生活環境では、さまざまな電磁波の中で日常生活を送っていると言えます(電磁波問題あれこれ ~第3回連載~、~第4回連載~ 参照)が、我々はその電磁波を直接見たり、感じたりする事は出来ません。電力設備や電気製品などの使用で、その周辺に発生する50や60ヘルツ(Hz,1Hz=毎秒1サイクル)の商用周波電磁界に近づくことにより、ヒトの体内に電流と電界が発生します(これを『誘導される』と言います。ただし、日常の生活環境では、その誘導される電流や電界の強さは、ヒトが生理的に生体内で発生する電流や電界よりもずっと低いと言えます)。
 電界にばく露されると、毎秒50や60サイクルで振動する電荷が体表面に発生します(これにより体内に電界や電流が発生しますが、これを誘導されると言い、誘導される体内の電界の強さは外部電界よりも何桁も小さいと言えます)が、これをヒトは感じる事ができます。感じ方は外部電界の強さ、周囲環境条件や個人の感受性に左右されますが、ボランティアによる実験によると、参加者の10%が電荷を感じると答えた最低値(閾値)は2 - 20kV/mでした。また、参加者の5%が15 - 20kV/mで不快に感じることが分かりました。この様な体表面に誘導される電荷による不快な刺激作用を除けば、20kV/mまではヒトへの健康影響はないと考えられています。また、これまでの研究では100kV/m以上の電界でも動物の繁殖や成長に何らかの影響を与えることは確認されていません。商用周波電界が発生する代表的なものとして電力設備があげられますが、我が国の電力設備に対する商用周波電界の規制値は3kV/mですので、日常生活を送っている限り電界によって悪い影響が起こるとは考えられません。
 磁界にばく露されると、体内に電流や電荷が誘導されますが、日常生活で出会う強さの商用周波磁界でヒトの生理機能や行動に影響を与える事はありません。5mT(ミリテスラ)までは、血液、心電図、心拍数、血圧、体温などの指標にほとんど影響をあたえることはないことが研究でわかっています。我が国が今後導入する予定の電力設備の磁界規制値は、50ヘルツで0.1mT(1000mG(ミリガウス):100μT(マイクロテスラ))、60 ヘルツで0.083mT(833mG(ミリガウス:83.3μT(マイクロテスラ))です。
 これらの値は、国際的な組織である国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)によって提唱されていますが、この科学的な根拠は、周波数が100キロヘルツまでの低周波は外部の電磁界によって誘導される電流や電界がヒトの神経系へ影響を与える事から導き出されたものです。この値は前述の神経系の刺激や中枢神経系への一過性反応を避ける為に設けられています(これを基本制限と言います)が、実際には体の中の電流や電界を測定できないので、その様な環境を作り出すと思われる外部の、測定可能な指標である磁界の強さ(ミリテスラなどの単位)を用いて設定しています(これを参考レベルと言います)。
 なお、ICNIRPのガイドラインは、職業環境と一般環境では値が異なります。職業環境は健常な人々が従事していると考えられ、前述のヒトの神経系へ影響を与えると推定されるの最小値(例えば5mT)の10倍厳しい値(例えば0.5mT)となりますが、一般環境では、病人、老人、乳幼児、妊婦なども含まれていますので、職業環境の規制値よりもさらに5倍も厳しい値(例えば0.1mT)が適用されています。現在ICNIRPでは、2007年に行われたWHOによる低周波電磁界のリスク評価(環境保健クライテリア238)を受けて、1998年にICNIRPが提案したガイドライン値の見直しを行っています。今年7月末に提案された新たなガイドライン(案)でも、商用周波電磁界のガイドライン値に変更はありません。

◆第6回連載:「商用周波電磁界の健康影響①」

 「電磁波問題あれこれ ~第3回連載~」では、超低周波電磁界の物理的特性について説明しましたが、これからは、50や60Hz(ヘルツ)の商用周波電磁界の健康影響について複数回に分けて説明します。
 ヒトと商用周波電磁界との相互作用の短期的なばく露影響については、「電磁波問題あれこれ ~第5回連載~」で既に解説しました。短期的ばく露影響は科学的に再現性をもって確認されていますので、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)や電気電子学会(IEEE)では、短期的影響を基に電磁界のばく露防護ガイドラインを設定しています。一方、科学的に証明されていない長期的なばく露影響については、未だに結論が出ていません。具体的には商用周波磁界ばく露によって小児白血病が発生するという仮説です。まだ仮説ですので、リスク管理としてのばく露防護ガイドラインには反映されていません。そこで、これから商用周波磁界の長期的なばく露影響について解説します。
 この問題は、1979年(昭和54年)、コロラド州立大学のワートハイマーとリーパー博士が「アメリカ疫学ジャーナル」に発表した疫学(人の病気と環境因子との関連性を統計的に評価する学問)報告が発端となりなりました。1950から1973年までにコロラド州デンバー地区に於いてがんで死亡した14才以下の子供344人と、健康な子供344人と比較して、各家庭に電気を配るための配電線の敷設パターン(ワイヤコード)と小児がんによる死亡との関連性を調べた研究です。その結果は、大きな電流が流れる施設の近くに住む子供は、そうでない子供に比べて、小児がんの死亡率が1.6から2.2倍高く、中でも小児白血病は約3倍高いという内容でした。これを受けて、疫学研究や生物学的研究がいろいろと実施されたのですが、1988年にはノースカロライナ州立大学の公衆衛生学のサビッツ教授が、ワートハイマー・リーパーの研究方法を改善したうえで、同じデンバー地区に住む人を対象に同様な調査を行いました。今回はがん死亡者数ではなく、小児がんの罹患率を比較した結果、配電線の近くに住んでいた14才以下の子供の小児がんの発生率は、そうでない子供と比べて1.5~2倍高いという内容です。つまり、偶然この様な現象が起こったのではなく、再現性のある現象と理解され、米国のみならず全世界で電磁界問題は大きな社会的関心事となりました。
 米国政府は、1992年、電磁界調査を拡張・加速するため、エネルギー戦略法案のなかに「EMF・RAPID計画」という研究プロジェクトを発足。5年間で総額6,500万ドル(約60億円)に及ぶプロジェクトで、半分を国家予算により、残りを民間からの寄付によって賄うという大計画です。プロジェクトでは、これまでに問題となっていた商用周波磁界の小児白血病、脳腫瘍、乳がん、神経行動、生殖への長期的なばく露影響に焦点が当てられました。1999年には、まとめ役の国立環境保健科学研究所長は「電磁界が完全に安全とは認められないが、真に健康に危険であるという確率は小さい。」として「電磁界ばく露が有害であることを示す科学的証拠は弱い。」という結論を公表しました。米国では、この報告の公表を境に、電磁界問題に対する社会的な関心は全体的に減少していきました。

◆第7回連載:「商用周波電磁界の健康影響②」

 1979年の疫学報告が発端となって、米国政府は、1992年に「EMF・RAPID計画」を発足させ、1999年には「電磁界ばく露が有害であることを示す科学的証拠は弱い。」という結論を公表しました。これと相前後して、WHO(世界保健機関)は1996年、国際電磁界プロジェクトを発足させています。プロジェクトは、5年計画で、2000年には終了する予定でしたが、徐々に延長され、現在でも継続中です。EMF・RAPID 計画は商用周波電磁界を対象としていましたが、国際電磁界プロジェクトが健康リスク評価の対象とした電磁界は、静電磁界(0 ヘルツ)、商用周波(50 あるいは60 ヘルツ)を含む超低周波電磁界(0~300ヘルツ)、中間周波電磁界(300 ヘルツ~10 メガヘルツ)、高周波電磁界(10メガヘルツ~300ギガヘルツ)と広範囲です。発足当初の参加国は16カ国で、現在は60カ国となり、電磁界の健康影響に関心を持つ国が増えています。当時の関心は、何と言っても商用周波電磁界の健康影響評価でした。
 WHOは、2007年の6月に商用周波電磁界の健康リスク評価を終えて、環境保健クライテリア(EHC)238を発行しました。その全文は、環境省が既に和訳していますので、以下のURL:
http://www.env.go.jp/chemi/electric/material/ehc238_j/
index.htmlからご覧下さい。お忙しい方は、この中の「要約および更なる研究のための勧告」を、これも長すぎると思われる場合は、WHOのファクトシート332をお読み下さい。和訳文は、URL:http://www.who.int/peh-emf/publications/facts/fs322_ELF_fields_jp_2008.pdf から入手できます。
 WHOの商用周波電磁界に対する健康リスク評価の主論として、電磁界を構成する電界については、短期的・長期的に見て、生活空間で遭遇するレベルの電界には本質的な健康リスクはない。一方、磁界については、生活空間で遭遇するレベルの磁界には短期的な問題はないが、長期的なばく露影響には小児白血病についての不確かさが残っている。この不確かさの背景には、疫学研究で示される、居住環境としては比較的高い磁界レベル(我が国では人口の1%未満と推定されています)と小児白血病発症との関連性が認められるものの、この関連性を裏付ける生物学的な証拠が無いこと。さらには、関連性を想定できる生物学的なメカニズムがないこと。疫学研究自体にも、研究手法上の問題点を除けないことなどがあり、結論として、商用周波磁界が小児白血病を引き起こす(因果関係がある)とまでは言えないとの見解を示しています。また、商用周波磁界と他の病気、例えば、大人のがん、循環器系疾患などへの関連については、小児白血病との関連よりももっと弱いと説明しています。従って、他の病気を招く可能性は、大変低いと言えます。
 実は、小児白血病が何故発症するのかが未だ解明されていません。原爆被害により、小児白血病が増えたことから、電離放射線が犯人の一人である事は分かっていますが、電離放射線に比べると無視できる程のエネルギーしか持っていない商用周波磁界が発症に関与する可能性があるのか自体が分かっていないのが現状です。

◆第8回連載:「商用周波電磁界の健康影響③」

 小児白血病とは、15歳未満の子供が罹る血液がんで、小児がんの約4割に相当します。白血病細胞がリンパ性由来か骨髄性由来かによって、リンパ性白血病または骨髄性白血病に分類されますが、小児白血病の95%は急性白血病で、約70%は急性リンパ性白血病(ALL:Acute Lymphoblastic Leukemia)、約25%は急性骨髄性白血病(AML:Acute Myeloid Leukemia)です。われわれの血液に含まれる細胞には赤血球、白血球、血小板の3種類があり、骨の中の骨髄で毎日つくられていますが、白血病は、これから血液細胞になる若い細胞(芽球=白血病細胞)が赤血球、白血球、血小板に成熟・分化せず、骨髄に蓄積することによって起こります。芽球の増加により正常に造血を行うスペースがなくなると、血液細胞を作れなくなり、発熱、顔色不良、紫斑、鼻出血など、正常の造血能力が損なわれるために起こる症状が現れます。急性リンパ性白血病は2~6歳に好発しますが、急性骨髄性白血病では年齢のかたよりはありません。現在では、優れた化学療法剤の開発もあり、治癒率は80~90%です。
 小児白血病の原因として、大量の電離放射線の被曝や、ごく一部にウイルス感染があることは分かっています。他の原因として農薬や大気汚染物質、自動車の排ガスなど上げられていますが、原因は特定できません。なお、小児白血病もほかのがんと同様に、遺伝子の傷が重なって発症することがわかっています。たとえば、乳幼児期の急性リンパ性白血病の多くは、白血病の発症に関わる遺伝子異常が胎児期に起こることがわかっています。乳児期の急性リンパ性白血病は胎児期に白血病化しますが、幼児期の急性リンパ性白血病は、さらに生後に第2の遺伝子異常が加わって白血病になると考えられています。電離放射線が持っているエネルギーの10兆分の1しかない商用周波電磁界がこの遺伝子異常にどの様な関わりを持つか、現在アメリカやイギリスでその解明にチャレンジしていますが、その解明にはまだまだ時間が掛かると予想されます。
 国立環境研究所の故兜眞徳先生が行った疫学研究では、2002年に全国で450人の小児白血病患者が発生しています。一方、2000年に発表されたスウェーデンのアールボムの小児白血病と商用周波磁界に関する疫学のプール分析の結果では、0.4マイクロテスラ以上の商用周波磁界の生活環境で、小児白血病の発症率が2倍に上昇すると報告されています。また、兜先生の報告では、0.4マイクロテスラ以上の商用周波磁界の生活環境に住む子供は0.8%と報告されています。第7回連載では、WHOの見解として、商用周波磁界が小児白血病を引き起こす(因果関係がある)とまでは言えないとの見解を示していますが、仮に因果関係があったと仮定して、磁界による過剰リスクを推定できます。つまり、全国で毎年450人の患者が発生し、その中の0.8%の子供の小児白血病に罹る倍率が2倍に上がることになりますので、450 x 0.008を計算すれば導き出されます。答えは3.6。毎年3.6人の小児白血病患者が磁界によって過剰に発生すると予想されます。この数値はマクロな公衆衛生行政から見ると決して高い数値とは言えませんが、ばく露の多くが受動的であることを考慮する必要もあります。

◆第9回連載:「商用周波電磁界の健康影響④」

 第8回連載で、商用周波磁界と小児白血病との因果関係は認められないが、仮に因果関係があったと仮定して、磁界による過剰リスクを推定した場合、全国で毎年450人の患者が発生し、その中の0.8%の子供の小児白血病に罹る倍率が2倍に上がることになりますので、毎年3.6人の小児白血病患者が磁界によって過剰に発生すると予想されます。この数値はマクロな公衆衛生行政から見ると決して高い数値とは言えないと説明しました。どうして決して高くないと言えるか。以下でこれを説明します。
 小児白血病は血液がんです。発がん性を持たない化学物質や物理的因子であれば、これ以下であれば、健康影響はないと考えられる閾値(いきち)というレベルがありますが、発がん性物質や因子やその可能性が疑われる物質や因子には閾値という概念は存在しません。微量であっても、その摂取量やばく露量に見合った影響があると考えられています。例えば、軽度の喫煙者でも、非喫煙者に比べると発がんリスクは上昇します。たばこの煙には数多くの発がん性物質が含まれているからです。受動喫煙問題も同じです。毎日毎日微量のたばこ煙を嫌でも吸わされた結果、肺がんリスクが受動喫煙のない人に比べて、明らかに増加しています。従ってたばこ煙ばく露をゼロにすべきであり、健康増進法の制定で努力していますが、現状では不可能の状況です。
 さて、電気の利用は現代生活には不可欠です。仮に磁界ばく露が小児白血病というがんを発生させるとしても、電気の代替え手段は無く、電気の利用を中止することは出来ません。その場合は、磁界ばく露による健康リスクを定量的評価する必要があります。つまり、実際との程度の害があるのかを数量的に推定します。もし、その想定被害数が非常に大きい場合は、例え電気が現代生活に不可欠であり、代替え手段がないとしても厳しい規制が必要と行政は判断すると思われます。
 一般論として、発がん性物質へのリスク管理手法として、リスクがある一定の確立以下であれば、実質的に安全であると見なし得るばく露量(実質的安全量、Virtual Safe Dose: VSD)という概念を導入しています。どの程度の確率であれば実質的安全であるかという判断は、科学の領域ではなく、行政的な判断領域です。我が国を始め、欧米では多くの場合生涯の発がんリスクが10-5以下をVSDとしています。ある環境因子Aによる発がんリスクが10-5であると仮定した場合、ある人間がこのAのばく露を生涯受けた時のそのAに起因する発がん確率が100,000分の1、つまり10万人に1人であることを意味しています。これを日本の人口1億2740万人と平均寿命80歳を適用すると、1.274 x 108 x 10-5 / 80 = 15.93となり、ばく露による1年間の過剰発がん患者数は16人となります。これを「高い」あるいは「低い」と判断するか行政的判断が求められることになります。我が国の大気汚染物質の環境基準や飲み水に含まれる発がん物質の水質基準では、個々の化学物質に対してそれぞれの発がんリスクを10-5以下として、これをVSDとしています。したがって、冒頭の毎年3.6人の小児白血病患者発生は、その中のある一つ物質がもたらすリスクよりも低い数値であると理解されます。

◆第10回連載:「商用周波電磁界の健康影響⑤」

【従来の論文と比較して】
 2010年9月に、商用周波磁界と小児白血病に関する最近の研究のプール分析(カイフェッツ等、Br J Cancer 103:1128-113, 2010)が発表されたことはJEIC NEWS No.12「EMFトレンド情報」で紹介しました。両者との間に一貫した疫学的関連性を示した2000年の2つのプール分析が重要な判断材料となって、2001年国際がん研究機関は商用周波磁界を、「2B:発がん性があるかもしれない」と評価しました。その後、日本の兜論文を含む2つの疫学研究が公表されましたが、2007年のWHOの環境保健クライテリアNo.238では、新しい研究結果を加えても発がん性の評価分類は変わらないとしました。それから3年後、今回の論文の結論も、2Bという評価を変更させるものではないという見解です。
【WHOの見解 】
 WHOでは、商用周波磁界と小児白血病との関連性は因果関係があるとは言えないとする一方、観察された関連性が因果関係であるならば、ばく露に伴うリスクが報告されているよりも高くなる可能性もあるとも指摘しています。
【日本国内の調査】
 そこで、日本国内の電力消費量の推移と小児白血病の罹患率を調べてみました。図をみると、平成15年の電力消費量は昭和50年に比べて2倍以上増えていますが、小児白血病の罹患率は逆に減少しています。この様な経年的な発症率の変化から、ある因子の疾病への寄与リスクを推定するには、その寄与リスクが大きい場合にはある程度有効ですが、日本では磁界の小児白血病への寄与リスクは1%未満と推定されていますので、小児白血病との関連性は否定されたという解釈は間違いです。しかし、大掴みに小児白血病の発症に商用周波磁界が大きく関与していないということを示しているとは言えます。携帯電話の使用が脳腫瘍を招くかもしれないとの懸念から、脳腫瘍の発症率の推移を調べられていますが、同様のことが言えます。

商用周波電磁界の健康影響

◆第11回連載:「商用周波電磁界の健康影響⑥」

 前号で、商用周波磁界と小児白血病との因果関係は認めらないが、仮に因果関係があったと仮定して、推定される磁界による過剰リスクの大きさは、どうして決して高くないと言えるかを説明しました。本号では、身の回りにあるリスクや電磁界の健康リスクを紹介しましょう。

【リスクとは】

そもそもリスクとは何でしょうか? リスクの定義は定まっていませんが、京都大学名誉教授木下先生の説明を引用させてもらうと、リスクとは、将来「良くない出来事:回避したい出来事」が起こる頻度とその被害の大きさ』で表され、不確実性を伴うと言えます。頻度とその被害の大きさで表されますが、私達はついついリスク被害の大きさに眼を奪われ、頻度を軽視しがちです。例えば、飛行機は一旦事故が起きると百人規模の尊い命が奪われますので、怖いという印象が強いと思います。一方、自転車は誰でも便利な移動手段として利用しているし、身近な存在です。また、自転車事故では滅多に死亡事故は起きませんので、飛行機より自転車のリスクは当然小さいと受け止めるのは自然です。しかし、事故が起こる頻度はどうでしょうか? 飛行機事故の可能性がある整備不良が分かっただけでもメディアを通じて大きく取り上げられますし、飛行機事故が起これば必ず大きく報道されます。一方、自転車事故はその被害の程度はともあれ、だれでも起こしています。無論死亡事故に繋がる事故も極僅かながらその中に含まれますが、ひき逃げ事故でもなければ、まずは地方版の小さな囲み記事になる程度でしょう。つまり、事故が起こっても私達の眼に止まることは少ないのですが、自転車事故の頻度は飛行機事故に比べて、非常に高い事は容易に想像できます。事故による死亡を「良くない出来事:回避したい出来事」として、事故統計では、飛行機事故による死亡者数は日本で1年に平均して17名、2010 年の自転車運転中の死亡者は658 名です。日本全体では、自転車のリスクは飛行機の38倍も大きなリスクであり、単回あたりの被害の大きさだけでなく、その頻度も考える必要があります。因みに平成22 年度の自動車が大多数を占める交通事故死者数はここ10 年連続して減少し、57 年ぶりに4,000 人台の4862 名になりましたが、飛行機事故の286 倍のリスクとなります。

何回か説明しましたが、WHO(世界保健機関)は、2007 年の環境保健クライテリアで、商用周波磁界と小児白血病との因果関係は認めらない、言い換えれば商用周波磁界が原因で小児白血病に罹患するとは言えないと判断していますが、仮に因果関係があったと仮定して、磁界による過剰リスクを推定した場合は、どの程度のリスクになるのでしょうか?日本で毎年約450 人の患者が発生していますが、これまでの研究から、商用周波磁界によって、その中の0.8%の居住環境で生活する小児が白血病に罹る倍率が2倍に上がると推定されます。しかし、小児白血病そのものの罹患率が低いので、毎年3.6 人の小児白血病患者が磁界によって過剰に発生すると予想されます。今回は死者数での比較ですので、現在の小児白血病の治癒率が80%とすると日本で毎年0.7人となり、自転車事故の1,000 分の1のリスクと計算されます。

【健康とリスク管理】

自転車は身の周りにありふれたリスク要因と言えますが、私達はそれ以外にもさまざまなリスク要因にさらされています。例えば、自然災害のリスク(地震津波 洪水 台風 落雷など)、廃棄物のリスク(産業廃棄物 医療廃棄物 漂着ごみなど)、化学物質のリスク(PCB ダイオキシン 残留農薬 食品添加物など)、放射線のリスク(原子力発電事故 放射能汚染など)、建築物のリスク(シックハウス 欠陥住宅 転倒・転落など)、高度技術のリスク(ナノテクノロジー 遺伝子組み換え技術など)、環境リスク(アスベスト 大気汚染 地球温暖化 紫外線など、電磁波もこの中に分類されます)、健康・保健リスク(喫煙 がん 心疾患 糖尿病 高脂質血症 肥満 高血圧 ストレス 骨粗鬆症 飲酒 医薬品 アレルギー 健康食品 インフルエンザ 風邪 狂牛病 食中毒など)、事故リスク(交通事故 飛行機事故 溺死など)、犯罪リスク(空き巣 振り込め詐欺 カード犯罪 放火 暴力行為など)、社会経済活動に伴うリスク(失業・倒産 為替レート 株価 銀行破綻など)など、考えると実にいろいろなリスクがあります。残念ですが、リスクの無い世界は現実には存在していません。これらのリスクを可能な限り回避し、対処する必要がありますが、これをリスク管理と言います。
 リスク管理と言うと何か難しいイメージがありますが、実は誰でもリスク概念を持っていて、日頃からこれを認知して、無意識的・感覚的にリスク対策としてコスト(費用)とベネフィット(便益)を勘案して、これに対応(リスク管理)しています。
 リスクの防止の例として、私達は遠回りでも横断歩道を渡っています。横断歩道まで遠回りするというコストと交通事故が防止できるというベネフィットを勘案しています。また、健康診断や人間ドックも、健診費用や受診時間というコストは掛かりますが、病気を早期に発見することが出来るベネフィットを得ています。
 リスクの影響緩和の例として、雨の天気予報で傘を持参します。傘は嵩張るというコストと傘があればあまり濡れず、影響が緩和できるというベネフィットを比較し、且つ、雨の確率を勘案して傘を持って行くかどうか判断しています。がん保険も、費用は掛かりますが、もしがんになった場合には医療費の軽減というベネフィットを比較し、ご自身ががんに掛かりやすい家系かどうか、ご自身の年齢や支払い能力などを勘案して、加入するのであれば何口入るかを判断しています。
 新しいリスクへの対応も行っています。例えば、鳥インフルエンザという新しいリスクに対して、多くの方がマスクを使用しました。マスクを使用する煩わしさというコストを掛けて、鳥インフルエンザ感染が予防(?)できるというベネフィットを期待したと思います。
 以上、私達は無意識的に身の周りにあるさまざまなリスクを認知して、その大きさを推定し、コストとベネフィットを勘案して、これに対応しています。しかし、全てのリスクに対応することは事実上不可能です。次善の策として、自分なりに優先順位をつけて対処する必要がありますが、何から手を着けて良いのでしょうか?次回ではそのヒントを例示したいと思います。

◆第12回連載:「商用周波電磁界の健康影響⑦」

 前号で、身の周りにあふれるさまざまなリスク要因を、自分なりに優先順位をつける方が必要であることを説明しました。では多数のリスク要因をどの様にすれば比較できるのでしょうか?

 実は、それ程容易ではありません。自然災害、廃棄物、化学物質、放射線、建築物、高度技術、環境、健康・保健、事故、犯罪リスク、社会経済活動などそれぞれのリスク形態によって、避けたい出来事は全く異なります。特に社会犯罪や社会経済活動のリスクとその他のリスクが招く結果は違います。これから紹介する例は、あるリスク要因によって「死」や「疾病」という結果を招くことを共通項にして、種類の違うリスク要因の大小を比較するものです。全てのリスクが「死」や「疾病」という結果を招く訳では有りませんが、種類の違うリスクを比較する一つのヒントにはなると思います。

 蒲生昌志という化学物質のリスクの専門家が「損失余命」という概念を提案しています。あるリスク要因によって日本人の平均余命が何日損失する(短命になる)か計算して他のリスク要因と比較する方法です。リスク要因がもたらす死亡率は同じでも、若年者層の死を招くか、高齢者層の死を招くかによって損失余命は異なります。若年者の余命は高齢者より当然長いので、前者の方が損失余命は大きくなります。

 なお、リスク要因の全てが死を招く訳ではありません。病気になったり、身体的障害を招くだけの場合もあります。この時は、それらによって生活の質が悪くなり健康状態に依存して短命となることを推定するコーネル・メディカル・インデックスを使用して損失余命を算出しています。下表をご覧下さい。

一番上にあるのは、喫煙です。喫煙によって1500日命が短くなっています。言い換えれば日本中の喫煙者が禁煙するといずれ4年近く寿命が延びること意味しています。2番目が受動喫煙です。分煙化が完全に履行されれば日本人の寿命が120日長くなります。3番目がディーゼル粒子で、58日。大気汚染がまたまだ大きな環境問題となっていることを示しています。次がラドンで9.9日。意外と思われるでしょうが、石(コンクリート)に含まれる放射性物質がラドンを徐々に放出されて室内の空気を汚染し、これを吸うことで体内被曝し肺がんを招きます。2000年初頭に大騒ぎとなったダイオキシンですが、比較的短く1.3日です。商用周波磁界の損失余命は0.02日と推定されました。商用周波磁界の損失余命を1とすると、ダイオキシンは65倍、ラドンは495倍、ディーゼル粒子は2871倍、受動喫煙は6000倍、喫煙は75000倍の相対リスクとなります。別のモノサシで比較してみます。下記の表をご覧下さい。 

 厚生労働省から出ている人口動態統計や総務省の統計局、警察白書などをモノサシにして、様々な病気や生活習慣、事故によってどの位の人が毎年亡くなっているかを知ることができます。平成22年の人口動態調査から、日本全体で1年間に約119万人の方が無くなっています。その30%が「がん」、16%が「心疾患」、10%が「脳血管疾患」となっています。いわゆる3大死因で半数以上の方が無くなっていることになります。ところで喫煙はどうでしょうか?近年は健康増進法が徐々に認知され、喫煙対策としての禁煙促進や受動喫煙防止といった健康増進プログラムが実施され、平成20年の成人喫煙率は男性が37%で、女性は横ばいであるものの、男女平均の喫煙率は21.8%と減少の一途をたどり、未成年喫煙者も減少傾向にあることは喜ばしい限りです。しかし、夕刻以降の寿司屋や居酒屋ではサラリーマン(ウーマン)の発する紫煙が立ち込めています。たばこ煙中には発がん物質や有害な化学物質が200種類以上も含まれており、「がん」はもとより、「心疾患」や「脳血管疾患」の背景となる粥状動脈硬化を促進させています。厚生労働省の調べでは、喫煙による死亡は年間13万人余、受動喫煙によるそれが6800人と推定されています。国民の9人に1人は喫煙が原因で亡くなっていることになります。交通事故はどうでしょうか?20年前の死亡者は1万1千人を超えていたのですが、交通安全運動が功を奏し10年前から急激に減少。平成21年には5千人を切っています。同じ事故でも、鉄道事故は196人、海難は128人です。火事では1877人。社会問題化している自殺者は自動車事故による死亡者数の6倍、31680人となっています。落雷でもまれにですが、毎年2-3人の方が亡くなっています。仮に商用周波磁界が原因で小児白血病になるとしても亡くなる方は1人未満です。同じモノサシでいろいろな健康リスクの大きさを比較してみると、電磁波のリスクは深刻に悩む程の大きなリスクではないと推定されます。WHOも同じ見解です。電磁界情報センターは、モノサシとなるさまざまな情報を提供して、みなさまが電磁波の健康リスクを判断されるお手伝いをしていますので、ぜひご活用下さい。

◆第13回連載:「中間周波電磁界の健康影響①」

 これまで7回にわたって50ヘルツや60ヘルツと言った商用周波電磁界の健康影響について説明して来ましたが、次には、中間周波電磁界の健康影響について説明していきましょう。

【刺激作用と熱作用】

 WHO国際EMFプロジェクトでは、中間周波電磁界とは300ヘルツ(Hz)から10メガヘルツ(MHz)の電磁界を指しています。人体が電磁界にばく露されると、体内に刺激作用と熱作用を引き起こすことが知られています。商用周波電磁界や100キロヘルツ(kHz)以下の中間周波電磁界では主として刺激作用を、100キロヘルツ以上の中間周波電磁界や高周波電磁界では主として熱作用を引き起こします。
 刺激作用とは、外部に非常に強い電磁界があると電磁誘導という現象によって、体内の神経や筋を刺激する電流や電荷を誘導する作用です。もともと人体には生理的な電流によって神経の興奮を伝えていますので、生理的な電流レベルを越えるような電流が外部の電磁界によって誘導されないように防護しなければなりません。そこで国際的なばく露ガイドラインを作成する国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)では、誘導電流に最も敏感な閃光現象(目をつぶっていても閃光を感じると言った神経反応)を引き起こさないようにばく露制限値を設定しています。
 100キロヘルツ以上の中間周波電磁界や高周波電磁界は、主として水の分子がエネルギーを吸収することで熱を発生させます。これを熱作用とよんでいます。低いレベルの高周波電磁界ばく露でもそれに見合った微量の熱を発生しますが、人体の生理的な温度調節によって気づかないうちに消去されてしまいます。しかし、非常に強い高周波電磁界にばく露されると生理的な体温調節機能では適応できず、体温が上昇します。ICNIRPでは、全身に体重1キログラム当たり4ワットの高周波電磁界をばく露した場合、動物の深部体温が1℃上昇すると動物の作業能率が下がるという実験結果から、これより50倍の安全率を設けて、体重1キログラム当たり0.08ワット(4ワット/50=0.08ワット)を一般環境のばく露制限値としています。理論的にはこの制限値ばく露で深部体温は0.02℃上昇する計算になりますが、上述のとおり、人体の生理的な温度調節によって気づかないうちに消去されてしまいます。

【中間周波電磁界の健康影響】

 身のまわりにある中間周波電磁界を発生させる機器として最も代表的なのが、(今では殆ど見かけなくなりましたが)ブラウン管型の分厚いテレビやコンピュータモニター、電磁調理器(IH調理器やIH炊飯器)です。そのほか駅の改札口を出入りする際に使う非接触型のICカード、図書館や商店での電子商品監視(EAS)機器、電子タグ(RFID)機器などがあります。
 中間周波電磁界の健康影響ですが、2005年のWHOの情報シートでは「ICNIRPのガイドラインのレベルを下回るばく露で中間周波電磁界が健康に対してリスクがあることを示唆する科学的根拠はありません。しかし現在の知見の不確実性を解明するには、より一層質の高い研究が必要です。」と述べています。
 2007年のWHOの環境保健クライテリア238では中間周波電磁界について、「健康リスク評価に必要とされる知識ベースの極少数しか集まっておらず、既存の研究の多くは結果が一貫していないので、更なる具体化が必要である。健康リスク評価のための十分な中間周波電磁界のデータベースを構成するための一般的な要件には、ばく露評価、疫学研究、ヒト実験室研究、動物および細胞(in vitro)研究が含まれる」とも述べています。
 これらの見解の根拠となる疫学的研究はそのほとんどがコンピュータモニターの使用に伴う生殖機能や視覚器官への影響に焦点をあてたものです。そして、コンピュータのモニターは非常に弱い中間周波電磁界しか発生しないので人の健康にとって脅威とはならず、生殖過程や胎児にも影響を及ぼすことはないとの見解をWHOは示しています。しかし、この見解は、最近普及しているIH調理器に基づく研究ではないため、IH調理器を使用することに健康不安を覚えることも無理のないことです。
 コンピュータモニターもIH調理器も共に20キロヘルツの中間周波電磁界を発生していますので、人への影響は基本的には同じであり、コンピュータモニターを対象とした研究結果があるので、その結果に差異はないと見なして良いと思います。しかし、厳格には両者でその波形が微妙に異なります。コンピュータモニターはノコギリ波で、IH調理器は正弦(サイン)波です。
 国会でもIH調理器の健康影響について質疑されたこともあり、厚生労働省としてもこの問題を軽視できないと判断して、厚労科学研究費で調査を行うこととなりました。

◆第14回連載:「中間周波電磁界の健康影響②」

 前回は、中間周波電磁界の健康影響について、その概要を説明しました。オール電化の一環としてIH調理器が多くの新築住宅で導入されています。その普及率は世界一。調理に伴う出火もほとんどなく、燃焼にともなう室内空気汚染もないので人気を博していますが、中にはIH調理器から漏れる中間周波磁界の健康影響に懸念を抱く方もいます。国会でもIH調理器の健康影響について取り上げられました。IH調理器は家庭内で使用していますので、居室の安全性を管轄する厚生労働省としてもこの問題を軽視できないと判断して、平成21年度厚労科学研究費の健康安全・危機管理対策総合研究事業のひとつに「居室における中間周波電磁界に関する研究」と題する研究を公募。そこで、電磁界情報センター、首都大学東京、情報通信研究機構、国立保健医療科学院、鉄道総合研究所、明治薬科大学が共同提案した結果、私達の提案が採用されました。以下にその研究結果を紹介します。

【健康リスク調査の新たな挑戦】

 中間周波電磁界の健康影響は、短期的影響と長期的影響を考慮する必要があります。短期的影響は国際的なガイドライン以下であれば確認されていませんが、長期的影響についての健康リスク評価に必要な科学的データが少数しか集まっておらず、もっと研究が必要と言えます。これまで中間周波の長期的ばく露影響については、テレビのブラウン管を対象にした研究があり、有害な影響は確認されていません。IH調理器もテレビのブラウン管も共に20キロヘルツ前後の中間周波電磁界を発生していますので、人への影響は基本的には同じであり、その結果に差異はないと見なして良いと考えられます。しかし、厳格には両者でその波形が微妙に異なります。コンピュータモニターはノコギリ波で、IH調理器は正弦(サイン)波です。そこで正弦波を用いたばく露にも影響は無いのか新たなチャレンジが必要となりました。一般的に電磁界の健康リスクを調べるには、電気工学的なばく露評価をきっちりしつつ、疫学研究、ヒトを対象とする実験室研究、動物および細胞研究などの生物学的研究を行うことが必要です。これまでにIH調理器使用に関する疫学研究は行われていません。IH調理器普及の歴史が短いことも原因と考えられますが、同じ周波数帯の電磁界を発生させるブラウン管に関する疫学調査で影響が確認されていないこともその背景があるかも知れません。国民が心配しているのは、妊婦や胎児、小児への影響ですから、動物や細胞を用いた生物学的研究を行い、これで人への影響につながる影響が確認された場合には、その影響を指標とした疫学研究を行うと良いのではないかと私は考えました。 そこで、IH調理器から発生する中間周波電磁界の生体影響が有るかどうか、電磁界ばく露の細胞や生体の免疫系機能、妊娠・出産、奇形などの胎児への影響を追究する研究計画を提案しました。 研究は三つの班から構成されています。電気工学班・細胞研究班・動物研究班です。電気工学班は首都大学東京と情報通信研究機構。細胞研究班は鉄道総合研究所と明治薬科大学、それに電力中央研究所も研究協力しています。動物研究班は国立保健医療科学院が担当しました。私は研究代表者として全体を取りまとめました。

 ① 電気工学班では、IH調理器を想定して、ばく露の基本的な物理量とそのレベルについて検討しました。まずは、細胞や動物へのばく露を想定した電子計算機を用いたシミュレーションを駆使したばく露評価を行います。そしてこれを基に、中間周波電磁界をばく露した際に、生体内へ誘導される電界や電流密度などを定量的に評価して、可能な限り大きなばく露量が可能な、細胞用と動物用の中間周波電磁界ばく露装置を開発しました。動物用のばく露装置は二種開発しました。一つは妊娠ラットの腹部へ局所的にばく露する装置、もう一つは全身をばく露する装置です。開発した後は、実際に母獣と胎児にどの程度の電界や電流密度が流れるかなど、実験実施のフォローアップを行いました。

 ② 細胞実験班では、中間周波電磁界ばく露が、毒性(細胞の増殖が阻害しないか等)、遺伝毒性(小核試験、遺伝子変異試験など遺伝子に異常が起こさないか)、内分泌かく乱性(エストロゲン応答性など、環境ホルモン様の作用をもたらさないか)、細胞分化(マウスES細胞の心筋への分化など、動物が発生する過程で細胞が各種の組織や器官の形態や機能が特異的に確立されることへ影響を与えないか)など多角的に調べましたが、いずれについても、居室等の環境中ばく露より100倍以上も強い中間周波磁界へのばく露の影響は認められませんでした。

 ③ 動物実験班では、居室等の環境中ばく露より100倍以上の中間周波磁界をラットに全身ばく露して、体重、血液の生化学的な指標や、赤血球や白血球などの血球分画に影響を調べましたが、それらに変化が見られないことを確認しました。また、ばく露が免疫系にも影響を与えないことも確認しました。さらには、妊娠ラット腹部へ局所的な磁界ばく露が胎児に影響を及ぼさないか調べました。その結果、母親ラット単位の奇形発生頻度、胎児の死亡率や体重変化には影響は有りませんでした。そして、胎児の外形異常、内臓異常、骨格形成異常などの催奇形性に関連する項目でも、磁界ばく露影響は確認されませんでした。 これらの結果は、居室の環境レベルでの中間周波磁界ばく露環境の100倍以上も強いばく露条件での影響を検討したものです。したがって、一般的な生活環境レベルでは、影響が無いか、もしくは一般的な安全性評価で用いられている試験では検出できないレベルの極めて弱い影響であると推察されました。以上、IH調理器を使用する場合の健康影響の可能性について、細胞および動物を用いてさまざまな角度で生物学的な検討をおこないましたが、人の健康影響に繋がるような結果は観察されないとの科学的な証拠を提供できたと考えています