身のまわりのリスクと電磁界リスク

 第Ⅲ章(参考)「寄与リスクと寄与患者数」で超低周波磁界ばく露が原因で小児白血病を招くと仮定した場合の寄与リスクを推定しました。そもそもリスクの定義は定まっていませんが、リスク学の第一人者である木下冨雄先生の説明では、『将来「良くない出来事:回避したい出来事」が起こる頻度とその被害の大きさ』で表され、不確実性をともなうといえます。つまり、被害の大きさと頻度で表されます。

 一般的にリスク被害の大きさに眼を奪われ、頻度を軽視しがちです。たとえば、飛行機は一旦事故が起きると百人規模の命が奪われますので、怖いという印象が強いといえます。自転車は誰でも便利な移動手段として利用する身近な存在です。また、一度の自転車事故では多数の死亡者はでませんので、飛行機のほうが自転車よりもリスクが大きいと受け止めるのは自然です。
 一方、事故が起こる頻度は飛行機事故に比べて、自転車の方が非常に高い事は容易に想像できます。そして、事故による死亡を上記の「良くない出来事:回避したい出来事」としますと、事故統計では、飛行機事故による死亡者数は日本で1 年に平均して17 人、2012 年の自転車運転中の死亡者は563 人です。木下冨雄先生のご指摘通り、単回あたりの被害の大きさだけでなく、その頻度も考える必要があり、自転車のリスクは飛行機の33 倍も大きいといえます。ちなみに2012 年度の交通事故死者数はここ13年連続して減少し、61年ぶりに4411名と減少しましたが、それでも飛行機事故の259倍のリスクとなります。
 さて、第Ⅲ章(参考)で検討したように、磁界ばく露で毎年3.9 人の小児白血病患者が過剰に発生すると仮定できます。[▶Ⅲ(参考)]今回は死亡を「良くない出来事:回避したい出来事」としていますので、現在の小児白血病の治癒率が80%とすると、磁界ばく露が要因で死亡する小児は毎年0.7 人となります。この数は、飛行機事故の約25 分の1、自転車事故の約800 分の1 のリスクとなります。
 実は、私達はさまざまなリスク要因にさらされています。たとえば、自然災害のリスク(地震、津波、洪水、台風、落雷など)、廃棄物のリスク(産業廃棄物、医療廃棄物、漂着ごみなど)、化学物質のリスク(PCB、ダイオキシン、残留農薬、食品添加物など)、放射線のリスク(原子力発電事故、放射能汚染など)、建築物のリスク(シックハウス、欠陥住宅、転倒・転落など)、高度技術のリスク(ナノテクノロジー、遺伝子組み換え技術など)、環境リスク(アスベスト、大気汚染、地球温暖化、紫外線など、電磁波もこのなかに分類されます)、健康・保健リスク(喫煙、がん、心疾患、糖尿病、高脂質血症、肥満、高血圧、ストレス、骨粗鬆症、飲酒、医薬品、アレルギー、健康食品、インフルエンザ、風邪、狂牛病、食中毒など)、事故リスク(交通事故、飛行機事故、火事、溺死など)、犯罪リスク(空き巣、振り込め詐欺、カード犯罪、放火、暴力行為など)、社会経済活動にともなうリスク(廃業・倒産、為替レート、株価、銀行破綻など)など、考えると実にいろいろなリスクがあります。
 残念ですが、リスクの無い世界は現実には存在していません。これらのリスクを可能な限り回避し、対処する必要がありますが、全てのリスクに対応することは事実上不可能です。次善の策として、モノサシを使って自分なりに優先順位をつけて対処する方法があります。

 上記の事故統計を見るのもモノサシとなりますが、さまざまなリスクを「損失余命(日数)」という概念で比較する試みを蒲生昌志先生1)が行っています。あるリスク要因が存在することによってもたらされる、失われる命などを日数として計算したものです。下の表をご覧下さい。

リスク要因損失余命(日数)対電磁界相対リスク
喫煙 1500 75000
受動喫煙 120 6000
ディーゼル粒子 58 2871
ラドン 9.9 495
ホルムアルデヒド 4.1 205
ダイオキシン類 1.3 65
カドミウム 0.87 43
ベンゼン 0.16 8
超低周波磁界0.02(蒲生)1

 一番上にあるのは、喫煙です。喫煙によって1500日、命が短くなっています。いい換えれば日本中の喫煙者が禁煙すると、喫煙者の寿命が4 年近く延びること意味しています。2 番目が受動喫煙です。分煙化が完全に履行されれば日本人の寿命が120日長くなります。3番目がディーゼル粒子で、58日。大気汚染がまだ大きな環境問題となっていることを示しています。次がラドンで9.9日。意外と思われるでしょうが、石(コンクリート)に含まれる放射性物質であるラドンが徐々に放出されて室内の空気を汚染し、これを吸うことで肺がんを招きます。2000 年初頭に大騒ぎとなったダイオキシンですが、比較的短く1.3 日です。残念ながら蒲生先生の論文では、超低周波磁界の損失余命を計算していませんが、改めて蒲生先生に推定してもらった結果、0.02 日となりました。超低周波磁界の損失余命を1 とすると、ダイオキシンは65 倍、ラドンは495 倍、ディーゼル粒子は2871倍、受動喫煙は6000倍、喫煙は75000倍の相対リスクとなります。

[参考資料]

1)
Gamo et al. “Ranking the risks of 12 major environmental pollutants that occur in Japan” Chemosphere, 53(4), pp277- 284(2003)

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