ウイリアム・ギルバートの「磁石論」、第1巻14章に「磁石のほかの諸力、その医療性」、15章には「鉄の医療力」の項目がもうけられ、磁石の医学的効用について述べられています。

特に、第14章では、“ニコラウス(注:ギリシャの医者)は神的膏薬の中にかなり大量の磁石を入れている。 それはちょうどアウグスブルグ(注:ドイツの都市名)の医師たちが、新たな切傷や刺傷のための黒色膏にいれているのと同様である。 その痛みを覚えさせずに乾燥させる力にゆえに、それは効験ある有力な治療薬になっている。同様にパラケルススもまた同じ目的から、かれらの刺傷用の膏薬のなかに成分(注:磁石)としていれている”と記述され、治療に磁石を用いた医師としてのパラケルスス(1493-1541)の名前が「磁石論」に現れてきます。 このような記述を見ると、古来より磁石、磁気の持つ能力が医療薬として使われてきたことが垣間見えます。

初めてパラケルススの名前を目にした時を思い出しますと、磁石、何か目に見えない磁気が持っている能力を利用して、病人を治療することで、歴史上有名な医師、魔術師、錬金術師との印象を持ったのが実際のところです。 しかし、その後、医師としてまた神学者・思想家としてルネッサンス期のドイツで活躍し、ヨーロッパ中を放浪した知識人としてのパラケルススが本当の姿であることがわかってきました。 1993年、ドイツでの生誕500年記念切手の発行などにそれを見ることができます。

夏目漱石の「我輩は猫である」にも、“この点に関してはゲ-レンもパラセルサス(注、パラケルスス) も旧弊なる扁鵲(へんじゃく)も異議を唱うる者は一人もない”との文章が見られ、パラケルススの名前が古来より著名な医師の一人としてさりげなく描かれています。 ゲーレンはマルクス・アウレリウス帝の侍医として宮廷に仕え、扁鵲も司馬遷の「史記」に名医として名前が出てくるとのことです。 パラケルススは、本名をテオフラストゥス・フィリップス・アウレオールス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイム(Theophrastus Philippus Aureolus Bombastus von Hohenheim)といい、スイス・チュリッヒ近くのアインジーデルンで生まれ、ザルツブルグで貧窮のうちに客死しています。 パラケルススは、父親から医学の指導を受け、その後、錬金術(化学)を学び、ヨーロッパ中を遍歴しながら医学を学んでいます。 バラケルススは鉱山病の告発、炭坑夫の塵肺、鉱毒による中毒などに注目して、今から考えると産業医学の先駆となる著書もあらわしています。 有名な画家のルーベンスがパラケルススの肖像画を描いたと伝えられており、ドイツではパラケルススにちなんだ通りや学校があるとのことです。

しかし、実際のパラケルススはどのような知識人であったのでしょうか。彼の著述が、医学、錬金術(化学)、神学など多岐にわたっていることは事実ですし、いま辿るとその表現には当時の学術を著わす言葉であるラテン語が使われておらず、ドイツ語を用いた講義や著作を行っていることが重要な意味を歴史的には持っています。 今から見ると、このことはルネッサンス当時の学術が花盛りのイタリアから遠く離れた未開の地ドイツで学術の向上を意図して、あえてドイツ語で、またラテン語でのみ通じる特権的な集団への対抗の意識があって著作に励んだのかも知れません。 ルネッサンス期でパラケルススと同時代には、ドイツを代表する画家アルブレヒト・デューラー(1471-1528)が活躍し、デューラーもドイツ語で著書を著わしています。アウグスブルグ生まれのデューラーの絵は、ドイツ国内、また世界中の美術館で目にすることができ、動物や植物を題材にした写実的な絵が印象的です。

パラケルススの医学理論は、オカルト的な思想に包まれていて分かりづらいのですが、医学的な実践においては驚くべき奇跡のような治療を行ったといわれています。磁石、磁力の不思議な魔力により、下血や脳溢血などのさまざまな病気に磁石を推奨しているとされています。パラケルススの生涯と思想については大橋がとりまとめているので参考にしていただければと思います。

ともあれ、磁気治療は磁石を内服するということで古くから行われており、近年になって発見されたことではないようですが、ドイツ・ゲッティンゲン大学教授ベックマン(1739-1811)は自著「西洋事物起源」の中で、磁石を人体外部、磁石から発する不思議な磁力を治療に用いる磁気治療は、近代になって流行しはじめパラケルススによって始まりパラケルススが発明したとして磁気治療の先駆者と述べています。 またベックマンが同著「磁気治療」の項目で述べている以下のようなことは、磁石、磁気の効用が取りざたされている昨今の状況を見ると、いまでも当てはまるのではないかと思われます。

“1798年頃、パ-キンス(Perkins)という男がトラクター(tractor)と呼ばれる金属棒でさまざまな病気を治療する方法を発明した。 この棒を身体のさまざまな部分に当てて動かすと、でき物や頭痛等のさまざまな病気を治すと思われていた。 この金属棒は特許になった。それから数年たって、ファルコナー(Falconer)博士は、一見してパーキンスの金属棒と見分けのつかない木製のトラクターを作った。これをバス(Bath)の病院で大々的に使用したところが、金属製のものと全く同じ治療効果のあることがわかった。それ以来、トラクターのことはほとんど聞かれなくなり、いまや忘れ去られてしまった。

ごく最近、イギリスにおいて、公衆を惑わす磁気リングが出現した。これは、手の指や足の指にはめ、さまざまな病気を治したり予防したりするというものである。 これはガルバニックリングと呼ばれた。だが、これは正に、磁石を用いた動物磁気説やトラクターを用いた療法の類である。

金属製トラクターについて語ったことが、磁気リングについてもそのまま当てはまる。磁気リングを作っている2つの金属を接触させると、ごく小さな電流が流れ従って磁気が発生しはするだろう。だが、リングを構成する金属片の組合せ方は、電磁気学の法則に無知であることを露呈するような馬鹿げたやり方であり、このようなことをしてもリングをはめた手足の指に電流が流れる形跡は少しもない。リングが木製であれ何であれ、あるいはリングが全くなくても催眠術つまりガルバニズムという観点からみれば全く同じ効果を生じるのである。”

1600年、今の大分県臼杵市港外の海岸に漂着したエラスムス号の名前は、中世オランダで高名な人文学者であるエラスムスにちなんでいます。 エラスムス(1467?-1536)は、1521年以降スイスのバーゼルに住み、この間医師としてのパラケルススに診断を受けたとの話が伝わっています。 パラケルススが亡くなってから約200年後のフランスはフランス革命前で、ドイツ人医師フランツ・アントン・メスメル(1734-1815)による磁気治療(動物磁気)、催眠術によるオカルト的な医療が一時期のヨーロッパを席巻しました。

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